終戦の日

テレビで、”特攻”とはなんだったのか、という特番をみた。

お国のために、笑って征った、というのはウソで、真実は、母や妻や妹のことを思いながら散ったという証言を、兵隊さんが通った食堂の女将の孫がしていた。

隊員と女将が写った写真のなかで、女将が笑顔で写っているものがほとんどないのが印象的だった。

青い空の真下で

昼間、外で、ペットボトルのミネラルウォーターを飲み干しながら、空が青ければそれでいいじゃないか、と思った。

夏だ。


ところで、このブログ、最近どうでもいい記事が多すぎる!
もっと硬派で力強い投稿をせねば。
バイトもセーブしたことだし、その時間とエネルギーをここに使おうか、どうか。思い切って辞めようか。

振り返ってみれば、10年やっていることになる。個人的なことだが、犬が死んでからの8年は早かった。始めて2年ほどは、かなり充実していた実感がある。読んでいる人がどう感じていたか別として。(その頃の記事は99%消したので、いま読むことはできないが)。

イギリス絵画について

ロンドン旅行から、もう1月経ってしまっている。見てきた若干の絵画についてまとめておきたい。

ホガース
ナショナル・ギャラリーには、「当世風結婚」の6点が揃っている。
Ⅰでは、新郎と新婦はそれぞれ反対方向を向いている。新婦は結婚指輪にハンカチを通して退屈しのぎしている。
Ⅱでは、トランプ遊びに飽きたようで、夫のほうに色っぽい視線を投げている。夫のほうは、ポケットから女物のボンネットが出ていて、犬が匂いを嗅いでいる。
Ⅲでは、伯爵が、愛人の梅毒の治療に医者を訪れる。
Ⅳでは、夫にかまってもらえない伯爵夫人は、弁護士に惹かれ、やがて親密な関係になってゆく。
Ⅴでは、不倫の現場に踏み込んだ伯爵は、弁護士と剣を交えるが、胸に致命傷を負ってしまう。
Ⅵでは、愛人の処刑を知って毒をあおる夫人。こうして当事者二人とも悲劇的な結末を迎える。

ターナー
ロマン主義や崇高の概念で語られるターナーだが、彼は、何を、
描いたのか?霧の都を、写実的に、描いたとはいえないだろうか。

コンスタブル
ターナーが独身を貫いたのに対して、コンスタブルのほうは6人の子宝に恵まれた。ターナーがイタリアに行ったのとちがい、コンスタブルは故郷の田園風景にこだわった。ナショナル・ギャラリーやテート・ブリテンで観ることのできたいくつかの作品は、昨日仕上げたと聞かされてもぼくは信じるだろう。

レノルズ
ウォレス・コレクションでは、「ボウルズ嬢と犬」を観ることができた。すいこまれそうな水色の大きな瞳をもつ、可愛らしい少女の肖像画である。

ラファエル前派
ラファエル前派とは、ロイヤル・アカデミー・スクールの学生らによる、「一つの挑戦」(アンドレア・ローズ)である。

ミレイの「オフィーリア」は、手元の花まで、リアリスティックに描かれている。