ウィーンの建築 ストンボロウ邸

ウィトゲンシュタインはこの住宅において、とりわけサッシやラジエーターといった金属製品の設計に執拗にこだわっている。

窓枠はどれも縦に長いプロポーションを持っており、水平材が入れられていない。それだけですでに力学的に不安定だが、職人にはさらに1/2mm単位のほとんど無意味な精度を要求したという。同様にラジエーターも縦長で部屋のコーナーに合わせたL字型のユニークなものだ。

比例(プロポーション)が最優先に扱われているようで、食堂の背の高い窓の錠などは立った人間の頭の上についている。その錠や把手も何種類かあって、どれもすばらしいデザインである。向こうが覗ける鍵穴も可愛らしい。他にも、床の目地と扉せいを合わせるとか、窓枠の出隅の寸法を階毎に変えるなど、ディテールへの独自のこだわりが散りばめられている。

直観−カントの概念、の借用−でしかないが、ウィトゲンシュタインはこの建築を数学的な比例と垂直線だけで構成しようとしたのではないか。さっき無意味な精度と書いてしまったが、幾何学的な精密さを求める哲学者にはそのような精度が必要だったのだろう。これがアドルフ・ロースの建築(外部は装飾を排し、内部は濃密な世界が展開する)とは根本的にちがった印象をもたらす要因であるように思える。

論理哲学論考」との関係で論じることはできないが、哲学者がたまたまつくったこの住宅が、隠喩にとどまらず実践的な「建築」について思考するときにももっとも重要な、いや、いや重要なもののひとつであることは疑いがない。